西洋建築史の研究室である岡北ゼミには、現在8名の4年生と3名の大学院1年生が在籍しています。学生たちの研究テーマは都市計画、建築設計から大阪の近代建築史、ロシアの建築史まで多岐にわたります。今回のこのブログ記事では、春学期にゼミとして行ってきたことと、私の研究内容を簡単にご紹介します。
2021年度前期の活動について:読む、書く、考える
10月に入り秋学期が始まり、各自それぞれの研究テーマを深めていく時期ですが、これまでの日々の研究室の活動は、「本を読んで、ものを考え、各自の研究にいかす」をテーマに、読書会を中心に展開してきました。それぞれがじっくりとテーマと向き合うためには、先行研究や文献の読み込みの方法をしっかり身につける必要があるからです。
この半年間で扱ってきた本のリスト(読書順)は、
・ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』、丹下健三・富田玲子訳、 岩波書店、1968年
・宮武久佳『正しいコピペのすすめ』、岩波書店、2017年
・光井渉『日本の歴史的建造物:社寺・城郭・近代建築の保存と活用』、中央公論新社、2021年
・陣内秀信『東京の空間人類学』、筑摩書房、1992年
・五十嵐太郎『現代建築に関する16章』、講談社、2006年
・五十嵐太郎『日本建築入門』、筑摩書房、2016年
・加藤政洋『大阪:都市の記憶を掘り起こす』、筑摩書房、2019年
・松村秀一『ひらかれる建築ー「民主化」の作法』、筑摩書房、2016年
・中谷礼仁『実況・近代建築史講義』、インスクリプト、2020年
・中谷礼仁『実況・比較西洋建築史講義』、インスクリプト、2020年
の計10冊です。
それぞれ読書会では学生が本の内容の要約(レジュメ)を書いてきます。それについて、私が書いた模範的な要約を示しながら、ライブ添削をしていきます。こうして本の読み方、要約の作法、文章作成の基本を学びながら、さまざまな建築に関する知識を獲得することができます(レジュメとその添削したものをお見せしたいのですが、著作権上できません)。これを基盤に、各学生はそれぞれの関心に合わせて研究を進めていきます。
各学生の研究成果を具体的にご紹介できる段階ではないのですが、学生たちの最終成果物(設計作品や論文)が楽しみです。
西洋建築史と建築デザインをつなぐ:リノベーションと歴史
続いて、私の研究テーマに移っていきます。ここでは私が関わった『リノベーションからみる西洋建築史:歴史の継承と創造性』(彰国社、2020年)にスポットをあてて、西洋建築史と建築デザインとの関係に着目してお話いたします。
建築史、それも西洋建築史と建築デザイン・建築との結びつきは、なかなかイメージが湧かないかもしれませんが、「建てる」行為の裏側には、歴史、過去が関係しています。何もないまっさらな敷地に新しく建物を建てるとしても、その傍には自然環境や人工物が必ずあり、人間生活が営まれてきた「場」がすでに形成されているからです。とりわけ、そうした歴史と向き合うことを余儀なくされるのが、リノベーションです。
近年、リノベーションは建築創作の重要な位置を占めています。京都を見ても、三条通沿いには中京郵便局や新風館などの近代建築を生成・活用した商業施設が点在しますし、町家のリノベーションも多く見られるようになりました。文化財に指定されるような歴史的建造物だけでなく、数十年前から百年を超えるあいだ建ち続けてきた平凡な建物が活用される場面は各地で見られます。
このように、手を加えられながら使い続けられる建物が当たり前になってくると、建築の歴史観も変化します。西洋建築史の一般的な教科書を手にとってみてください。それぞれの作品の着工年や竣工年が記されているはずです。そしてそれぞれがある特徴的な様式をもつものとして記述されているはずです。
テンピオ・マラテスティアーノの正面
15世紀の人物で、私の主たる研究対象であるレオン・バッティスタ・アルベルティが関わったイタリア・リミニの建築、テンピオ・マラテスティアーノに着目すると、1452年着工のルネサンス様式の建築と書かれていることが多いでしょう。これは、建築家アルベルティが手がけた建築作品であることに焦点をあてて、その教会堂にみられる作家性や革新性を議論しているためです。それは、その作品をルネサンス建築という様式でくくるためでもあります。こうして、われわれは様式(建築の形態的な特徴ごとの分類)という観点から、そして建築家による作品の総体として、建築の歴史を整理してきました。だからこそ、教科書や旅行ガイドブックには必ず様式が記されています。
しかしながら、テンピオ・マラテスティアーノは1452年の何百年も前に建てられた教会堂の改築によって生まれたもので、しかもアルベルティの設計以後も何度も何度も人々が手を加え続けていまにいたるのです。
『リノベーションからみる西洋建築史』において、わたしはそのテンピオ・マラテスティアーノを、これまでの教科書とは違ったしかたで描き出しました。様式と建築を切り分けて、建物を長いスパンでとらえて、その時々の介入や改変の創造性に着目しました。もちろん、アルベルティの仕事を紹介し、解釈するのが中心にはなるのですが、「長い建築史(線の建築史):着工以後、現在までの改造、改変のすべての蓄積を含めて建築の歴史を考える」の切り口から作品をみてみると、西洋の古い建築は単なる歴史的な知識にとどまらず、われわれがいま建築をリノベーションするときの優れた先行事例となるのではないでしょうか。
(講師 岡北一孝)