こんにちは。建築学科講師の江本です。今回は江本研究室の活動を紹介します。
教員の江本は、近現代建築史を専門とする歴史研究者です。ちかごろは「建築のジャポニスム」に熱をあげており、建築における「Shibui(渋い)」という言葉の歴史(査読論文)、桂離宮の国際的認知の歴史(査読論文)、また、近代建築の三大巨匠のひとりである、ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe: 1886-1969)と日本建築の連想の歴史(シンポジウム発表)、などの研究を発表しています。
本校の卒業制作は「設計」と「論文」の選択制ですが、研究室の9人の学生のうち、約半数の5人が論文を志望しています。論文志望者の割合は、他研究室と比較して多いかもしれません。歴史研究者と自己紹介をしましたが、もちろん、一級建築士・実務設計家としてのキャリアも生かしながら、卒業設計指導にもあたります。とはいえ論文作成にまつわる作法や思考の整理法、発想法、読書などは設計でも大いに役立つので、前期の研究室活動は、全体向けに論文指導を中心としました。
「卒業制作」の名のもとに、自分でイチから問題を発見し掘り下げていく、「学問的自由」への玄関口。それが学部4年生です。3年生までも一生懸命学業に集中してきたはずですが、4年生の勉学は、それらとは異質なものになってきます。
その「自由」を攻略するには、「学問的な作法」という道具だてが必要です。「可能なかぎりの情報を集めて」、「その情報ソースのありかを明示しながら」、「そこから自分が言いうることを厳しく吟味する」。この「自由」は、「なんでも言ってよい」自由ではありません。頭のなかではなにを考えてもよい、という点では最大の許容度がある(だから、アイデア出しではタブーは全くありません)反面、アウトプットにおいては、言えることしか言ってはならない。そんな、厳しい制約のある自由です。この、「精神のお口のチャックは全開」、かたや「肉体のお口のチャックは固く閉ざされている」初期状態から、研究を進めるうち、しだいに後者がひらかれていく。喋りたかったら(書いたものを発表したかったら)、とことん調べものをして、それらを適切に、よく咀嚼しなければなりません。そうしてやっと、実質のあることばが、ぽつぽつと紡がれていく。それが、個人の思想を社会に還元する、「学問的自由」の道すじだと考えています。
好奇心がうずくテーマを、具体的な資料にのっとって、具体的に掘り下げていく。その練習をひたすら行っていくなかで、のちのちの人生にも活かせる、情報のリテラシーを伸ばしてほしい。ポスト・トゥルースの現代に、その必要性はいよいよ高まってきていると感じます。そこからひらかれる世界は、この閉塞感のある現状をこえて、きっと広い。
というわけで、まずは学問の門戸に立ちます。学術論文を読むことに慣れるため、拙著『歴史の建設―アメリカ近代建築論壇とラスキン受容』(東京大学出版会、2019年)の通読を行いました。この本は、ヴィクトリア朝「イギリスの」建築理論家ジョン・ラスキン(1819-1900)が、「アメリカで」どう読まれていたのか?それが、近代建築思想の形成、近代建築史の形成にどのような役割を果たしたのか??――を扱った研究書です。「緒論」と「エピローグ」も含めて全9章からなるということで、9人の学生がひとり一章を分担して読解を進めていきました。
それはいわば、9人のちからを合わせて1冊の本を「攻略する」チーム戦。論文の作法を習得するには時間が非常に限られているため、この方式をとり、かなりの荒療治を行いました。ですが皆さんしっかり読みこみ、江本研最初の約1か月を駆け抜けてくれました。ちなみに、ちょうどこの読書会中に、本書が建築学会著作賞を受賞したのは教員にとって良い思い出となりました。
そして4月一杯をかけて読書会を終えたあとは、徐々に各自の論文・設計のテーマを練っていきます。
論文も設計も、自分が「これだ!」と思ったテーマに出会うことが何より重要です。しかし、これがなかなか難しい。各自の最初の個人的興味を発端に、大きすぎるビジョンを細分化して研究対象を絞ったり、調査として成立しそうかどうか(資料は手に入りそうか/読めそうか)を吟味したり、あるいは、(なにかちがうな……)と感じてテーマをまるごと変えていったり、……暗中模索の日々が続きます。
ときには他研究室と合同で発表会を行い、意見交換から刺激を受けます。下の写真は、前期末に開催される、全学の「成果報告会」に向けた、合同リハーサルの風景です。おとなりの生川研究室の学生は、どのようなテーマを設定し、どのように研究を進めているのか。おぼろげにある「研究室のカラー」を互いに知るためにも、よい機会だったと思います。
江本研の論文志望の学生は、「建築士試験に出題された建物の歴史」や「移民による建築意匠の伝達・混合」など、ヒトクセあるテーマを選びました。では、そのヒトクセあるテーマの面白さや具体的な研究手法を、どのように整理し、どのように伝えればよいのか? その勘どころを掴むのにも経験が必要です。合同リハーサルでは、忌憚のない質疑応答の応酬に鍛えられました。そして成果報告会も終え、同学年の全体の動向をつかみ、多数の教員からのフィードバックも得た今、今後の課題も、とるべき作戦も見えてきたのではないでしょうか。
多様なテーマを見ても分かる通り、学生のテーマ選定は、教員自身の研究と必ずしも関連している必要はありません。共通して肝心なのは、データの集めかたと、まとめかた。そしてデータに差し向ったときの問題発見能力や、疑問を掘りおこすちからです。以前のブログ記事で宮内先生も指摘していた通り、この困難な時代を生き抜くためのサバイバル能力を、汗をかきながら身につけてほしいと思います。
卒業論文も卒業設計も、完成までに非常な根気が必要とされます。それをまず体感するのが4年生前期だったと思います。ここから夏休みを経て、もうじき後期がはじまります。
とにかく、誠実に一歩一歩、常に自身の好奇心と向き合いながら、それに具体的な回答・解答を与えていってほしい。その試行錯誤の過程はかならず、大学生活の集大成として、かけがえのない財産になります。
(文責・江本)