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建築学部

シンガポール国立大学・関西大学・京都美術工芸大学合同演習2024

141Neil Roadのショップハウスにて、ワークショップ作業中。手前の断面模型が、このショップハウスです。

シンガポール国立大学建築学科(NUS)との合同演習は今年で3年目となりました。本年度は、関西大学環境都市工学部建築学科都市設計研究室にも参加頂き、合同でワークショップを行いました。NUSからは大学院のプログラムである建築保存プログラム(The Master of Arts in Architectural Conservation (MAArC))の世界中から集まった大学院生13名、関西大学からは修士4名の学生。なんと京都美術工芸御大学(KYOBI)からは果敢にも学部1年生が8名、学部2年生が7名参加しました。今後、KYOBIの学生は更にパワーアップしていくことでしょう。

NUS・関西大学・KYOBIの学生が積極的に意見交換を行う
手書き・ノートパソコン・携帯を駆使する、やり方は万国共通
考えることが重要、それを伝えること

力の差が既にあるようにも感じますが、実はそんなことはありません。NUSの学生も留学生が多く大学院に入りたてで、シンガポールに来てまだ2週間程で、あまりシンガポールのことを理解していません。また本プログラムは建築保存のプログラムに関係しているので、建築の保存という観点に関しては、学生皆先入観はありません。京都で建築を学ぶKYOBIの学生は、日頃から感覚的に京都の文化や町並みに触れていると思います。KYOBIの学生はこのワークショップの前から準備を始め、本学英語の先生であるヒルド先生に、英会話のレッスンを受けてから参加しました。建築は言語を超えて存在するものです。KYOBIの学生は、手描きのスケッチやGoogleのアプリを駆使して、ワークショップでは一生懸命食らいついていました。

KYOBIの森重幸子教授によるレクチャー

ところで「建築における保存」とはいったいどういうことでしょうか?まず京都には、文化財として保存に指定されている様々な神社仏閣があります。これは後世に残していくために守られています。ですが今なお庶民に使われている町家のような建物は、多くがそのような保存対象になっていません。ですので今現在も京都に5万件ほどあるといわれる町家は、一日に2軒のペースで解体されているとのことです。このペースで行くと単純計算で30年後くらいには、京都にはその町並みを形成する町家が全くなくなってしまいます。森重先生による京都の現状と町家活用の事例のレクチャーを、NUSの学生も関心を持って聴講していました。

NUS二キール・ジョシ先生によるレクチャー

そのような町家の問題は、シンガポールにもあります。シンガポールには植民時代から近代にかけて、ショップハウスと呼ばれる、京都で言うと町家に近い建築群があります。ショップハウスは、一階がお店や作業場になっており、2階から上は、集合住宅のようなかたちで人が住んでいました。そのショップハウスも1960年代の建国以降の都市開発と住宅政策の波で、取り壊されていくことになりました。もともとショップハウスに住んでいた移民や労働者は、住宅公社が供給するHDBと呼ばれる近代的な団地に移ることになり、その土地は近代的な高層ビルに建て替わっていくことになりました。ですが80年代にシンガポールの都市再開発局は、シンガポールらしい街並みを残すために、ショップハウスを保存していくことを考えるようになりました。シンガポールでは比較的新しい取り組みでもあります。

中央を通るNeil Road、オレンジの屋根がショップハウス群。左に建つのはピナクル・アット・ダクストンという50階建ての高層HDB公団住宅

町家もショップハウスも、基本的には指定された文化財ではないので、時代にあった利用を見出せなければ建て替えが進んでしまいます。ひとたび取り壊されてしまったら、京都らしい街並みやシンガポールらしい街並みはなくなり、どの都市とも変わらない街並みと風景になってしまいます。そのようなどことも変わらない街並みに魅力を感じることはあるでしょうか?今回のワークショップは、シンガポールの伝統的なショップハウスを時代にあった利用を見出す提案を考えることを題材としています。このようなテーマは京都やシンガポールだけでなく、世界中のどの都市にも起こりうることです。建築家としてそのような問題にどのように取り組むことができるでしょうか?受け継がれた建物の文化的な価値と現代的な利用方法を経済的にも成り立たせることを模索することは、その都市らしい街並みを継承していくために急務でもあります。

亀谷窯業の亀谷典生氏による瓦の説明、日本大使館関係者と

今回のワークショップの会場となったショップハウスは、ある資産家がショップハウスを気に入り保存するために購入し、そのためにNUSの建築学科に寄贈した建物です。ここをNUSの二キール・ジョシ教授を中心に、このショップハウスの建物を保存改修をしながら研究の題材としても利用できるラボとして利用しています。現在、このショップハウスの屋根の改修のため、関西大学の木下光教授を中心に、島根県の石州瓦の亀谷窯業さんの技術開発を仰ぎながら、日本で受け継がれている瓦の技術を、シンガポールのショップハウスの瓦として利用できるよう技術開発を行っている最中です。このような国際的なプロジェクトをこの場所で推進することで、研究とともに学生にとっての学びの場としています。今回のワークショップに合わせて、在シンガポール日本国大使館の一等書記官の方とシンガポール日本商工会議所の方も現場を訪れ、活発な意見交換が行われました。シンガポールと日本の建築を通した国家間の交流としても評価されました。

38-40 South Bridge Roadの建物の内部。現在は使われていない

今回のワークショップの題材となったショップハウスは、この会場となった141Neil Roadの建物、またオフィス街に近いもう一軒の建物の、38-40 South Bridge Roadの2棟を利活用の題材としました。38-40 South Bridge Roadの建物も、オーナーチェンジに伴い、新しい所有者がNUSに提案協力を求めるかたちとなり、今回のワークショップの題材としました。ですので2つの建物ともに、実社会の建築プロジェクトでもあります。つまりこれは、机上の空論ではありません。実際の建物に触れながら、この建物の活用を提案しました。学生を4チームに分け、NUS・関西大学・KYOBIの学生の混成チームを作り、2チームづつそれぞれのショップハウスの提案を行うことにしました。関西大学の修士の学生がそれぞれのチームに入ってもらい、KYOBIの学生も関西大学の先輩から指導を仰ぎながら頑張っていました。

シンガポール国立大学SDE4の校舎にてワークショップの仕上げ作業
PCで発表資料を共有しながら、携帯で翻訳するなど
手描きの表やダイアグラムを作成する

最終日は、会場をNUSの新築の校舎へと移し、最終的な発表に向けて作業を行い、プレゼンテーションを行いました。この頃になると、各チームとも共同作業に慣れてきたようでした。KYOBIの学生は1年次から情報基礎演習などでGoogleのプラットフォームで協働作業をおこなっているので、PCでの共同作業は意外とKYOBIの学生のほうがスムーズに行っている様子でした。1週間での作業でしたがそれなりの成果が出ており、NUSの二キール・ジョシ教授も、「この調子で残りの学期も作業を進めたら、素晴らしい成果が出るであろう」と意気込んでおられました。口頭発表は、NUSと関西大学の学生が代表で発表しましたが、皆集中して成果を見守りました。参加者には、NUS・関西大・KYOBIから参加修了証が発行されました。これは一生残る記録でもありますし、履歴書に書けば就職も有利になるに違いありません。学部1年生でこの経験は先が期待できるでしょう。

いよいよ発表会が始まりました
各グループによる発表。建物の歴史的・文化的価値を見出す
ショップハウスが未来に向けてどのような利用方法が考えられるか検討した
141Neil Roadの既存の建物を生かしながら、新たな付加価値と利用方法を模索する提案
NUSホウ・プエペン教授より、参加者は一人ずつ参加証を受け取りました。おめでとうございます!
ナショナル・ギャラリー・シンガポールの建物を繋いだ空間と建物の断面模型

シンガポールでのワークショップの期間に、様々な建築と現地の企業を訪れました。竹中工務店シンガポール社の小椎尾隆介氏に、竹中工務店がシンガポールで施工を手掛けたナショナル・ギャラリー・シンガポール、高層オフィスビルのキャピタ・グリーン、竣工したばかりのキャピタ・スプリングをご案内頂きました。  ナショナル・ギャラリー・シンガポールは、もともとシティホールと英国統治時代の旧最高裁判所の2つの建物を、2015年に公立美術館として改修、既存の2つの建物を繋げて大胆な大屋根を掛けた設計となっており、設計コンペでパリのstudioMilouが意匠を担当し、地元のCPGコンサルタントが実施設計を行った建物。古い建物を改修しながら構造的にもチャレンジな現場だったことを建物のツアーを通して説明頂きました。

キャピタ・グリーンのエントランスのアート作品を背景に、三菱地所設計シンガポールのメンバーと

キャピタ・グリーンでは、三菱地所設計シンガポール社を表敬訪問、三菱地所設計の東南アジアでの設計活動やプロジェクトについてお話を伺いました。キャピタ・グリーンは伊東豊雄氏の設計。基準階の設計は、三菱地所設計の設計です。屋上の象徴的な大型吸気口を見学しました。この吸気口は高層ビルにして内部の自然換気を促しています。赤道直下北緯1度の熱帯に位置するシンガポールにとって、エネルギー効率の良い建物を国家が推進しているとともに、高層ビルに至っては壁面緑化や中空緑化、屋上緑化をすることで容積の緩和などのインセンティブを提供しています。エントランスに、アート作品を設置することに補助金や容積緩和などがあります。

シンガポールの金融街の中央に建つ、キャピタ・スプリング
オフィス層と住宅層の間、ビル中間層に「グリーン・オアシス」と呼ばれる4層吹き抜けの緑化空間がある

キャピタ・スプリングは、昨年竣工したばかりの地上51階建て高さ280Mでシンガポールでも一番高層の建物にあたります。屋上からは、有名なマリーナベイサンズが小さくみえるほどです。この建物は、ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)とカルロ・ラッティ・アソシエイツが設計しました。この建物には、屋上庭園も含めて8万本以上の樹木が植えられていて、8,300㎡の緑地面積が建物内部にあるそうです。屋上庭園では、建物内のレストラン向けの野菜なども栽培されていました。中層階の吹き抜けの緑化空間は、熱帯雨林の階層構造を模しているデザインになっています。

DPアーキテクツでのレクチャー。シンガポールおよび世界各地の建築プロジェクトの紹介

現地の最大大手設計事務所のDPアーキテクツ(DPA)も訪れました。昨年同様、パートナーのサンスン・ン氏に、DPAの世界での設計活動とプロジェクトの講義を行って頂きました。DPAの設計活動の半数はシンガポール以外の海外であり、ドバイ・モールなどが大変有名なプロジェクトです。訪れた学生はサンスン氏から、履歴書を提出するように、その場で就職の斡旋がありました。関西大学の学生さんは、実際その場で就職エントリーに手をあげました。アジアのスピード感ともいえるべきですね。写真では記録できない、設計の現場を各部門ごとに見せて頂くこともできました。

その他、シンガポールの公団やホーカーセンター、チョンバル・マーケット、ボタニック・ガーデンなど、様々な場所を訪れましたが、今回はこの辺で終わりたいと思います。建築は人と人を繋ぐもの。それは万国共通です。建築を学ぶことは世界の豊かさを理解し享受しつつ、それを後世に伝えていくことだと思います。今回のワークショップはそれを体現できる貴重な機会でした。

宮内智久/教授

こちらの記事も今回の演習についてです。

演習授業「京都学演習Ⅰ」(2年生) の ご紹介
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